5月のGW明け、俺たち石塚小4年3組の9人は、
郊外にある禅塔持という古寺にやってきた。
都会の喧騒から外れ、5月の萌えるような緑に包まれた、
赴きあるお寺だった。
本来このクラスは10人いるはずなのだが、
一人欠けているのは始業式から不登校になっているからだ。
不登校になる気持ちも分からないではない。
俺だってできるならこんなところに通いたくはない。
あの日、土屋にばったり出くわしてから、
俺は土屋に出会わないよう、毎日通学路を変えて帰っていた。
俺のことはきっと他のクラスメイトにも伝わっていることだろう。
そして皆が思うだろう。『なぜ?』と。
疑問は人を揺り動かす好奇心につながる。
なぜ俺が小学校に通うことになったのかその理由を探し始めるだろう。
そしていつか俺のオネショが治ってないという事実に
たどり着くかもしれない。俺はそれが一番怖かった。
学校を追い出され以前のクラスメイトに会うことなんて
まずなかったとしても、俺のオネショが彼等の口端に上ること自体が、
俺にとっては最大限の恥辱であり、辛いことだった。

「今回の合宿でお寺を提供してくださった住職の矢部さんだ」
担任の池崎が寺の正門に整列した俺たちに紹介した。
「住職の矢部と申します。宜しくお願いします」
黒縁メガネをかけ少し神経質そうに俺の目には映った。
住職が頭を下げたので、俺たちもつられるように頭を下げる。
「あと…小児科医の青島先生」
池崎が隣に立つ白衣をまとった医師を紹介した。
「どうも。青島と申します。夜尿症の専門医をしています」
見た感じ50代くらいの男が、薄くなった頭をペコっと下げた。
俺たちもまた無言で頭を下げる。
「まぁ夜尿治療の一環という面もあるが、
 今回は皆の親睦を深める目的もある。
 オネショくんたちが一堂に会する滅多にない機会だ。
 オネショをクラスメイトに知られるとか、
 そんな心配をすることなく宿泊訓練に参加できるなんて
 素晴らしいことじゃないか!能力区分法に感謝しなきゃな!!」
池崎が笑いながら言った。
まぁ確かにオネショ癖がバレやしないかとビクビクする必要はなかった。
だが池崎のどことなくバカにしたような言い方がとても鼻についた。
早速昼食を済ますと、青島医師による個人面談の時間が設けられた。
一人一人別室に呼ばれている間、大広間で俺たちは時間を過ごした。
「高橋さん」
大広間の隅っこで足を投げ出して文庫本を読む俺の頭の上から声がした。
顔を上げると藤井仁が教科書を持って佇んでいた。
「ん?どうした?」
「数学のここんところがちょっとよく分からないんです」
「どれ?ちょっと見せて」
俺は藤井から教科書を受け取った。
「あ、これか。紙と何か書くものあるかな?」
「はい。持ってます!」
藤井が俺にボールペンとルーズリーフを一枚取り出した。
「ここはねぇ。この数字を図表にしてみると分かりやすいよ」
俺は紙に図形と記号を書いて説明する。
藤井は本来なら中学3年生。受験生のはずだった。
180cm近くもあるひょろっとした身体にあどけない顔をした
とても真面目な中学生だった。
この辺の私立では一番難しい私立を目指していたらしく、
学力を落としたくないのか、俺によく質問してきた。
同じクラスなんだからタメ口でもいいのだが、
さすがにそれは躊躇したのかいつも俺に対して敬語だった。
「頑張るなぁ」
俺が感心したように言った。
俺も学力落とさないよう多少の勉強はしていたが、彼ほどではなかった。
「いろいろ親にも迷惑かけちゃってるんで、せめて勉強くらいは…」
「そうか…」
「正直塾にも通えないからここで高橋さんに教えてもらえるのは
 すごい助かります」
塾に通うのは制度上別に構わなかった。
だが落第したことは既に周囲の人間にバレているはずであり、
そんな中で塾に通うことが彼には苦痛だったのだろう。
「頑張っても報われない可能性大ですが」
藤井は自嘲気味に笑った。
「結構…酷いの?」
俺はおずおずと聞いてみた。
「まぁ…はい。たまに一日2回やっちゃう時もあって…」
一日2回も…俺はさすがにそこまで酷くはなかった。
「そっか…大変だな…」
「病院に行ったこともあったけど、一進一退って感じで。
 薬を飲むとそれなりに良くなったりするんですが止めると元通りでした」
藤井が目を伏せた。
「俺も…似たようなもんだよ」
俺は藤井の肩をたたいた。
「次は悠人だって!」
隣室から診察を終えて出てきた福田が俺を呼んだ。

簡易に設けられた診察室に入ると、俺は勧められパイプ椅子に座った。
「えーと、名前は高橋悠人くんだね」
青島の低い声が響く。
「はい」
「現在週何回くらい夜尿があるの?」
「週5回くらいです。夏は若干減って週2~3回くらいです」
冬場は失敗しなかった回数が月3回以下というときもあった。
「そうか…君の年齢だとかなり重度の夜尿症ということになるなぁ…」
青島はカルテに何か書きとめると、
「オムツは使ってる?」
と聞いた。
「いや、使ってません」
「どうして?」
「どうしてって…やっぱ抵抗あるし…」
「そうか。確かに自尊心も傷つくよな」
「まぁ…やっぱり…」
「それじゃあ…ペニスを見せてくれるかな」
さらっと言った青島の言葉が最初俺は飲み込めなかった。
「えっ?」
「形状を観察したい。ズボンとパンツを脱いで」
「そ…それは…」
「しょうがないだろ。オネショはそこから出てくるんだから。
 失敗の元をちゃんと見ておく必要があるだろ?」
青島は溜息をつきながら言った。
「は…はい…」
俺は仕方なく穿いていたブレザーのズボンとボクサーブリーフを一気に脱いだ。
中からポロンとチンコが飛び出す。
青島はそれを白いゴム手袋をはめた手で丁寧に触る。
その刺激に思わず勃起しそうになる。
「や…ヤバい…」
俺は別のことを考えて気を紛らわそうとするが、考えれば考えるほど
意識がそこに向かってしまった。
「あ…あぁっ」
俺のチンコは完全勃起してしまった。
「す…すいません」
俺は顔を赤くして謝った。
「ははは!元気いいな。さすが高校生。でもちょっとペニスは小さめかな」
ガーンと何かで後頭部を叩かれたような気持ちになった。
性のことが気になる年頃の俺にとって
『ペニスが小さい』と言われるのはやはりかなりショックだった。
「あ、小さいから夜尿が治らないって訳じゃないよ。相関はないから気にしないで」
落胆する俺を見て取り繕うように青島が言った。

全員の診察の後、夜尿に関する講義が青島からあり、
その後は栄養士が考えた水分量をできるだけ少なくした夕食を食べ、
ストレッチ体操、風呂の時間…と慌しく時間は過ぎていった。

夜9時、就寝前。
大広間に布団を敷いてジャージ姿で寛ぐ中、全員にオムツが一つずつ配られた。
「え~それじゃこれからオムツ着用の講義を始めます。
 講義は青島先生に行っていただきます」
池崎のよく通る声が大広間に響いた。