6月最終の金曜日俺と福田は
学校に行く前にふたりで近くのコンビニに寄った。
今日は週刊文冬の発売日。
篠原が世に問おうとしている能力区分法の話題が
トップ記事として書かれているはずだ。
「最近どう?」
福田が道すがら聞いてきた。
「何が?」
「何がって…寝小便のことだよ」
福田はそれしかないじゃん…という顔をした。
「いつも通りかな。今日はたまたま失敗しなかったけど」
俺は前を向いたまま答えた。
「俺、病院に行き始めた」
福田の言葉に俺は初めて福田の方を向いた。
「そうなんだ…どこの?」
「ほら、合宿で寺に泊まった時にいた医者のとこ」
「あぁ…あの人か…」
俺はあの日の恥ずかしい診察を思い出していた。
「それでどうなの?」
「薬もらって飲んでるんだけど、まぁあまり変化ないかな…
 今日もやっちまったし…
 畜生!なんでいつまで経っても治んねぇんだよ!」
福田は吐き捨てるように言った。
「それより…最近変な奴に絡まれて大変なんだよな…」
「変な奴?」
「俺の家を覗きに来る奴がいるんだ」
「覗きに?」
「この前も追っかけて捕まえたら変なこと言ってくるし…」
「変なことって?」
「何かおねしょフェチがどうとか…」
「おねしょフェチ!?」
俺は目を丸くした。
「しかも男なんだぜ。
 男なのに男のおねしょが好きとか言ってるんだ。
 一回注意したけどその後もこそこそやってくるんだ。
 気持ち悪いから正直相手したくなくて気づかないフリしてる」
「そんな人がいるのか…」
パンストフェチとかおっぱいフェチとかテレビでトークしているのを
以前聞いたことがある。世の中広いなぁとその時は思ったが、
まさかおねしょフェチまでいるとは…しかも男の…
「悠人はいいよな…マンションだから誰かに見られる心配ないし。
 俺んち生垣だから簡単に覗けるしな…
 かといって干さないわけにもいかないし日陰だと乾かないし…
 あ~俺の寝小便何で治んねーんだよ!!」
福田が頭をかきむしった。

コンビニに着くと、雑誌の陳列棚には本日発売のプレートの下に
週刊文冬が山積されていた。
週刊文冬は最近世間を揺るがすスクープを連発し、
部数を急速に増やしていた。
電子版ももちろん発行されてはいるが、
やはり雑誌は紙で読みたいという人は意外と多く、
未だに紙媒体は廃れることなく続いていた。
俺は真新しい雑誌を手に取ると、汗ばんだ指でその表紙をめくった。
「!」
あれ…!?何も書いてない。
トップ記事は芸能人の不倫メールがネットに流出したという
俺たちには何の関係もない記事だった。
確か篠原は今日の雑誌に載ると言っていたはずだ。
「あくまで予定だったんだし変わったんじゃないの?」
福田は俺が手に持つ雑誌を覗き込んで言った。
そうかもしれない…と俺は思った。
記事が載るスケジュールなんて
いくらでも延びる可能性あるだろう。
「でも延びるなら延びるで一言連絡くれてもいいのにな。
 俺ら一応当事者なんだから」
福田が口をとんがらせた。
「電話かけてみるわ」
俺は財布の中にあった篠原の名刺を取り出した。
書かれてある携帯番号に電話してみる。
呼び出し音が響くが誰も出ない。
「知らない番号だから出ないんじゃない?」
福田が横から言った。
「いや、こういう仕事の人だからそれはないはずだよ」
俺はスマホを耳に当てたまま言った。
10回目の呼び出し音が終わったところで俺は携帯を切った。
「着信記録見て向こうからかけてくるでしょ」
福田がそういい終わらないうちに、俺の携帯に着信があった。
「はい!」
俺は慌てて通話ボタンを押す。
電話の向こうに沈黙が流れた。暫くして小さな声で
「はい…」
と答えた。女性の声だった。
「あ!?えーと、篠原文人さんの携帯でしょうか?」
俺は若干面食らいながら言った。
「篠原文人は私の夫です」
女性はぼそぼそっと言った。
「文人さんを…お願いしたいのですが…」
「夫は…亡くなりました」
「え…え…どういうことですか…」
「申し訳ありません。会社の方に聞いていただけますか」
それだけ言うと電話は切れた。
「何て?」
福田が聞いてきた。
「篠原さん…亡くなったって」
「え!?」
さすがに福田も驚いたようだった。
「編集部に電話してみる」
俺は篠原の携帯番号の隣に記載されている
週刊文冬編集部に電話をかけてみた。
ロボット受付の流暢な案内の後、編集部につながった。
「はい!」
威勢のいい声が耳に響いた。
「あのう…篠原文人さんについて伺いたいことがありまして…」
俺が言うと急に相手の声のトーンが低くなった。
「君は?」
「高橋といいます」
「高橋…さて、誰だっけな…」
「篠原さんに以前取材されました」
その言葉に電話の向こうが沈黙した。全てを察したらしい。
「高橋…悠人君だね?」
「はい」
「すまないが今日でもウチに来てはもらえないかな?
 学校上がりでも構わないから」
「いや、今から行きます。福田も一緒に。」
俺ははっきりと伝えた。
「福田君もいるのか?福田拓海君だよな?」
「そうです」
「分かった。こっちから車で迎えに行くよ!今どこにいるのかな?」
俺は石塚公民館近くのコンビニの駐車場にいることを伝えた。
「分かった!15分ほどで着けると思う」
プツッと電話が切れた。耳の向こうの騒がしさが一気に静寂に変わった。

週刊文冬編集部はガラス張りのお洒落な自社ビルだった。
建物の中は、受付や案内など多くのロボットが静かに動き回っていた。
「ロボットだらけだろ」
男が笑って言った。先の電話の後、俺と福田を車で拾ってくれた。
「いらっしゃいませ!」
流暢な言葉でロボットが俺と福田に挨拶してきた。
「すげぇ!最先端だな!」
福田が興奮した口調で言った。
「あと5年もすれば一般家庭にも普通に
 こんなロボットが見られるようになるよ」
男は応接室に案内すると、
近くにいたロボットにお茶を持ってくるよう指示した。
「私は編集長の倉田です」
高そうな革張りの椅子に座った二人に、
男は頭を下げながら名刺を差し出した。
名刺にはシンプルに倉田雄介と書かれてあった。
俺と福田もつられるように頭を下げる。
「まず、これを読んでみてくれないか?篠原から君たちへだ」
倉田はテーブルの上に白い封筒を差し出した。
開封すると中に1枚の便箋が入っていた。
俺たちは角ばった癖のある字に目を落とす。
『この手紙を君たちが読む頃、僕はこの世にいないだろう…』