『この手紙を君たちが読む頃、僕はこの世にいないだろう…
 なぜならば僕が死んだときにこの手紙を君たちに渡して欲しいと
 編集長に頼んであるんだ。
 というのも最近僕宛に脅迫めいた手紙やメールがよく届く。
 能力区分法に対する取材を止めろという内容だ。
 だが僕はそこに屈するつもりはない。
 甥の無念を晴らすのがこれからの僕の仕事だからだ。
 きっと僕は不審な死に方をすると思う。
 それでも僕の今までの取材は編集長に託して、必ず世に問うつもりだ。
 この公表はきっと君たちに辛い思いをさせるに違いない。
 君たちの意に沿わないことをする私をどうか許して欲しい。
 そしてどんなことがあってもまだ若い君たちは強く生きて欲しい。
手紙を読み終え、俺たちはお互いに顔を見合わせた。
複雑な気分だった。篠原の想いも理解できるが、公表は辛い。
「来週発売の雑誌に載せることに編集会議で決まった」
倉田が力強い声で言った。
「名前はもちろん仮名だが、
 記事の内容からきっと福田君は知られるところとなるだろう」
「もう…構いません」
福田の答えは意外だった。
「すでにいろんなところで噂になってます。ほぼバレてます」
「そうか…」
倉田が腕組みをした。
「あと、やっぱり何だかこの頃おかしいです」
俺が続けた。
「最近『夜尿症』ってネット検索しても殆ど出てこないみたいです」
「そうだ。やはり君たちは知っていたか」
「クラスで話題になりました」
「検閲がかけられているかもしれないんだ」
「それってやっぱり国ですか?」
「そういうことになるな」
「どうして…どうして俺たちにこんなことすんだよ」
福田の声に怒りが滲んでいた。
「もし君たちの夜尿症がこのまま治らなかったらどうなると思う?」
倉田が聞いてきた。
「え?」
俺と福田は同時に言葉を発した。
「25歳までは小学4年生としての身分を有することとなる。
 その後は除籍される」
「除籍!?」
俺は口をあんぐりと開けた。小学校を除籍されるなんて…
「除籍された者には選挙権、住居権など一定の権利が制限されるそうだ。
 これは政府の極秘の内部資料を独自に入手して分かったんだ」
「選挙権!?そんなの…差別じゃんか…」
福田が太腿の上で拳を握った。
「法律上18歳未満に選挙権がないのと同じだ。
 君たちはあくまでも小学4年生の身分として扱われるのだから。
 それはどういうことか。
 法定代理人…つまり親のことだね。
 その承諾や代理がなければ部屋を借りたり不動産を買ったりなんて
 こともできなくなるということだ。なぜなら子供なんだから。
 もちろん結婚だってできないことになる」
福田ががたがたと震えた。オネショが治らない限り、
どんなに見た目は大人でも子ども扱いされ続けるなんて…
「本当に怖いのはここからだ」
倉田が眉をひそめた。
「政府が国の役に立たない人間を社会的に抹殺しようとしているのなら
 それは夜尿症患者だけにとどまらなくなる恐れがある。分かるか?」
「はい…」
俺は喉が急速に渇くのを感じた。
ロボットが持ってきてくれたお茶をがぶ飲みした。
「ずっと昔、独裁者が同性愛者、障碍者、病弱な人など
 国の発展に役立たないと判断した人間を虐殺したことがあった。
 それがこの現代にまた起こりうる可能性があるということだよ」
「…」
「今動かなければ。この法律が施行されて間もない今の時期に動かなければ
 気づけば何もかも手遅れになってしまう可能性があるんだ」
もう俺も福田も何も言えずただ倉田の話を聞いているだけだった。
「篠原が死んだのも、多分政府の差し金だろう。
 俺だって本当は怖い。国家権力を相手に戦うわけだから。
 それでもやらなくちゃならないときがある。男ならね。
 だからどうか君たちも力を貸して欲しい。宜しく頼む」
そう言うと倉田は深々と頭を下げた。
「俺。協力するよ」
福田が俯いた顔を上げた。
「俺の寝小便なんて倉田さんが言う問題に比べたら大したことないし」
俺も福田の言葉に頷いた。
「暫くは辛い思いをするかもしれない。許してくれ」
倉田は再度深々と頭を下げた。

「高橋部長!ちょっと!」
秘書の赤城が血相を変えて高橋のデスクに駆け寄ってきた。
「どうした?赤木くん」
「テレビ…テレビつけてください!」
高橋は壁際にある小さなボタンを押す。壁一面にテレビの画面が映し出された。
『この技術によって温暖化ガスを現在の10%まで減少させることができます』
テレビから流れる記者会見の様子。
「え!」
「これって…」
「ウチの…」
オフィスのあちこちから困惑の声が上がる。
画面の中心で誇らしげに目映いくらいのフラッシュを浴びるのは、
太世戸自動車最大のライバル社である木津寿自動車の社長だった。
「これって…どういう…」
赤木が不安そうな目で高橋を見た。
「どうしてウチの極秘プロジェクトが木津寿から発表されるんだよ!」
どこからか怒号が飛ぶ。
「盗まれたってことか?」
「ありえねぇ!」
「クソ!!何でだよ!!」
混乱するオフィス。騒々しさが波のように押し寄せる。
そのとき…
フロアのドアが開き、険しい顔をしたスーツ姿の男が何人か入ってきた。
会社の人間ではない。誰もが一瞬でそう思った。
その男たちはフロアの視線を浴びながら高橋のデスクに早足で歩み寄ってきた。
「高橋…弘之さんだね」
男たちの中で、最も年配と思われる皺の多い色黒の男が警察手帳を見せた。
「警察の者だ。午後3時8分。君を背任罪容疑で逮捕する」
感情の一切こもらない声だった。