遅い昼食を倉田にご馳走になった福田と俺は、
もう学校代わりの公民館には戻らず、
最初に拾ってもらったコンビニで下ろしてもらい、倉田と別れた。
「なぁ悠人…」
「ん?」
「俺たちこの国にとって不要な存在なのかなぁ…」
福田が立ち止まって言った。
「そんなことあるわけない!だからこうやって倉田さんも篠原さんも
 懸命に問題提起しようとしてるんじゃないか!」
俺は強く否定した。それは自分自身に対する言葉でもあった。
「そうだよな。そうなんだよな…
 悠人…頑張ろうぜ。これから大変だけどさ…」
福田はそう言って俺の手を握った。

自宅マンションが近くなるにつれ、車の数が異様に多くなっていった。
大して広くはない自宅前の幹線道路を多くの車が塞いでいる。
しかもその車は普通の車ではなく、
テレビやラジオ局の車のようだった。
何だろ…?何か事件でもあったのか?
俺はマンションの前まで来て初めて
その取材が自宅マンションに向けられていることを知った。
ど…どういうこと?
俺が少し離れた場所で突っ立っていると、不意にスマホが鳴った。
母の名前が表示されたのを見て慌てて通話ボタンを押す。
「悠人!」
いつもの母の様子と違う。
「母さん…」
「今どこなの?」
「家の近く…」
「ニュースは見た?」
「え?見てないけど…」
「とにかく今は家に帰ってきちゃダメ!」
「え?何で?」
「父さんが逮捕され…」
そこまで言うと母の声は嗚咽に変わった。
「…な…なんだよ!」
「わ…私は大丈夫だから…あなたはどこかに身を隠して」
必死に泣き声に変わりそうな声を立て直しながら
母はそれだけ言うと携帯を切った。
何があったのか?
俺はスマホのニュースサイトにアクセスしてみた。
『太戸世自動車の開発部長 背任罪で逮捕される』
トップニュースとして一番上に載っていた。
「と…父さん!?」
俺はスマホを落としそうになった。
心臓が早鐘を打つ。俺はニュースの詳細を知るべくクリックした。
逮捕されたのはついさっきの話らしい。
まだマスコミも詳細なことは掴めていないのだろう。
情報は少なかった。
父が背任罪で逮捕されたこと。
今日発表のあった木津寿自動車の技術に関することではないかという
識者の見解が述べられているだけだった。
あのマスコミの群れはもしかしてウチに押しかけているのか?
他に考えられる理由など何もなかった。
犯人の親族や親兄弟にインタビュー攻勢をかけるマスコミの姿を
何か事件が起こるたびに何度もテレビで見てきた。
それが、その光景が自分の身に起ころうとしている…
今帰ったらそれこそ俺は格好のマスコミの餌食となるだろう。
それを知らせるために母は電話をかけてきたのだ。
ということは母一人でマスコミの応対をしているのか?
俺はもう一度電話をかけてみた。が呼び出し音のみで繋がらない。
きっとマスコミも家に執拗に直電しているのだろう。
母は出ないようにしているのかもしれない。
俺は10回目の呼び出し音を聞いてから電話を切った。
切ったのと同時にスマホが鳴った。
福田からだった。通話ボタンを押す。
「悠人…今…テレビで…」
「うん…」
「あのマンションって悠人んちだろ?」
「うん…」
「帰れないのか?」
「母さんから電話があった。今は帰るなって」
「そうか…なぁ悠人。どこにも行く宛てがないなら家に来ないか?」
「福田…でも…」
「心配するなって。母さんにも悠人のことは話してある。
 だから遠慮しないでいいから」
願ってもない申し出だった。今の俺に行ける場所なんてどこにもない。
「わかった。頼むよ」
「今から住所メールするから検索して来いよ。
 分からなかったら電話して!」
そう言って電話を切ったすぐ後に住所が書いてあるメールが送られてきた。

福田の家に向かう途中、スマホが鳴った。
さっき別れたばかりの倉田だった。
「高橋君…大変なことになったなぁ…」
「はい…」
「家の方は大丈夫なのか?」
俺は先ほど母とやり取りしたこと、
今日は福田の家に泊めてもらうことを話した。
「そうか。私にできることがあったら何でも言ってくれ!」
倉田の言葉は心強かった。
「ありがとうございます」
俺はスマホを耳に当てながら軽くお辞儀をした。
「この感じだともう一週間記事の掲載が延びると思う」
「そうなんですか」
俺は喜んでいいのか残念がっていいのか分からなかった。
「全面的に書き直すことにした。君のお父さんのことも含めるつもりだ」
「はい…」
そうなるだろうなという予感はしていた。
「そうなるとたとえ匿名にしても
 内容から君のことだとバレてしまうだろう。大変申し訳ない」
「大丈夫です。僕だってもう前のクラスメイトにほぼバレてます。
 今更失うものはないです」
「そうか。そう言ってもらえるとありがたい。
 私は君のお父さんは誰かに嵌められたんじゃないかと踏んでいる」
「そうなんですか?」
俺には心強い言葉だった。マスコミ関連の人から出た言葉だ。
根拠があって話してくれたのだろうと思った。
「だから決してお父さんを責めたりしてはいけないよ。
 あくまでも今は容疑がかけられているだけなんだから」
「はい。ありがとうございます」
「どこまで真実に迫れるか分からないが俺たちも
 できるだけのことはやってみる。高橋君も頑張るんだよ!」
そう力強く励ますと電話は切れた。


その日の夜半過ぎ、やっと母と再び話することができた。
「大丈夫?」
「心配ないわ。ちょっと疲れたけど…
 ごめんなさいね。電話が鳴りっぱなしで連絡できないのよ」
母は携帯を持っていなかった。持つのが嫌いだったのだ。
「マスコミは?」
「今もいるわ。昼と比べて大分減ったけどね」
「そっか…」
「あなた今どこにいるの?」
「友達の家だよ」
「そう…泊まっても…大丈夫かしら…」
多分俺のオネショのことを心配しているのだろう。
「大丈夫クラスの友達だから。この前話した福田くん」
「あぁ…そうなの…
 親御さんに挨拶したいから電話変わってもらえるかしら?」
「わかった」
俺は側に居た福田に言って福田の母にスマホを渡してもらった。
暫くの会話の後、また俺にスマホが戻された。
「お母さん里美叔母さんの家に行くことにしたわ。
 夜中3時に迎えに来てくれることになってるの。
 その時間ならマスコミも減っているだろうからって」
里美叔母さんは母の姉だ。ここから1時間程離れた街に住んでいる。
「そっか…」
「あなたも明日来なさい。いつまでも福田さんとこに
 お世話になるわけにもいかないでしょ」
「うん…あの…」
「何?」
「父さんは…」
「心配することないわ。何かの間違いよ。
 あの人はそんなことするような人じゃないもの。」
「うん」
「私達が信じないでどうするのよ。堂々としてればいいの。分かった?」
今までになく力強い母の言葉だった。やはり母は強し…なのか。
「じゃあね。とにかく早く来なさいよ」
そう言うと電話は切れた。
「大丈夫だった?」
福田が心配そうに言った。
「うん。思ってたより元気だった」
「そっかーよかったな。俺先に風呂入ってくるわ。
 ここ俺の部屋だし、気にせず適当にくつろいでてよ」
福田はタオルを手に持つと部屋を出て行った。
入れ代わるように福田の母が部屋に入ってくる。
「あなたが高橋君ね」
「あ…はい…」
「拓海からよく話は聞いてます。『めっちゃ頭いいんだ!』って」
「いや…そんな…」
「拓海、落第が決まった時は相当落ち込んでたの。
 毎日泣いてばかりいて声もかけられないくらい」
「福田くんが…そうなんですか…」
俺は福田の意外な事実に驚いた。
「だから始業式で貴方に会えたことが相当嬉しかったみたい。
 まさか同級生で夜尿症の人がいるとは思わなかったんでしょう」
「そうですか…でもそれは僕も同じです」
俺はぺこっと頭を下げた。
「これからも拓海のこと宜しくお願いします」
福田の母も丁重に頭を下げた。
「あの…」
「はい?」
「オムツ…用意してもらってもいいですか?」
俺は勇気を出して聞いてみた。
「あ、あぁ…いいのよ。構わないの。
 あの子だって家ではオムツ着けずに寝てるし。
 高校生にもなってオムツなんてやっぱり恥ずかしいものね。
 あの子が昔使ってる布団がもう一枚あるから汚しても大丈夫よ」
「そ…そうですか…」
「ただ、お布団干しは自分でやることになってるの。
 それだけはお願いね」
福田の母は笑顔でそう言うと部屋を出て行こうとした。
「あ、あと…」
俺はもう一度引き止めた。
「ん?どうしたの?」
「何も触れないんですね。僕の父逮捕されたのに…」
福田の母は踵を返すと微笑んで
「私は難しいことは分からないわ。
 でも拓海が頼りに思ってる友達だもの。特に何も思わないわ。
 それにお父さんが逮捕されたからといって
 あなたがそのことを責められる理由なんてないでしょ?」
と言った。
「ありがとうございます」
俺は再度頭を下げた。涙が自然と零れ落ちた。
「あ~いい湯だった! 悠人も入れよ…あれ?どうした?」
風呂上りで石鹸の淡い匂いを漂わせた福田が
俺の顔を覗き込んだ。
「い…いや…何でもないから…」
涙声で否定する俺を見た福田は母親を睨むと
「母さん!何言ったんだよ!!」
と怒った。